proof 〜「好き!すき!!魔女先生」&菊容子さんに関する証言〜



「好き!すき!!魔女先生」は本当にいわくつきな番組なのか?

まずは当サイトの再放送リストをご覧頂きたい。
このリストには放送終了後以降の現時点にて把握出来ている全国の再放送データを記録している。
そしてこのリストをご覧頂くとお分かりのように容子さん急逝後も変わりなく再放送されている。
よく、巷で「魔女先生」は再放送が困難といった”訳あり番組的な扱い”を受ける事があり、以下のような俗説が今も相変わらずまことしやかに流れている。

「魔女先生は封印作品である」
「容子さんの事件があって魔女先生の再放送は困難」

本当に「魔女先生」は再放送が困難な「いわくつき番組」なのだろうか?
本当に容子さんが亡くなられた経緯が原因で再放送が困難なのだろうか?

中には「『ウルトラセブン』第12話と同じようにタブー扱いされている」などと得意気に嘯く不届き者が存在するので非常に始末が悪い。
(そもそもこういう輩ほど「魔女先生」はおろか「遊星より愛をこめて」すらちゃんとみていない。
だからこんな風説を恥ずかしげもなく立てられるわけだが)。
また、昨今はweblogやSNSの普及により、更に根も葉もない無責任な流言飛語が飛び交っている。
また、呆れた事にそうした風評を得意気にブログやSNSに平気で記事にする不届き者の多さには閉口するばかりである。

「魔女先生」が本当に訳あり番組だったとして・・・


・・・それが答えである。

また、テレビ局としては高視聴率の番組を優先して再放送するだろうから、特にTBSは当時「ウルトラ」シリーズ
という強力番組があったということを記しておこう。
また、石森章太郎特集や特撮特集などで魔女先生が取り上げられにくい背景として、特集にあたり優先する作品が
「仮面ライダー」を筆頭に余りにも膨大すぎる点にある事も記しておく。
余談だが本当に再放送もしくはソフト化されない事情として次のような代表的ケースがある。
  1. 社会的な影響を考慮した作品

  2. 「ピー音」では隠し切れず不本意にも社会通念上不適切表現が含まれていると判断された作品。

  3. マスターフィルムがなくフィルムの損傷が著しく激しい作品。


  4. フィルムの紛失により再放送が不可能なもの

  5. 版権切れ

  6. 「キャンディキャンディ」に代表される、著作権を巡る係争。

  7. 同一性保持権の侵害と判断された作品。
・・・きりがない程その事例が挙げられる。
「魔女先生」はそのいずれにも該当しない事から再放送するにあたり何ら問題がないといえる。



尚、「魔女先生」の再放送については東映株式会社様より以下のコメントを既に頂戴している。

  1. 再放送には何ら問題が無い

  2. 再放送が困難である根拠は無い。

従って昨今の「『魔女先生』はいわくつき作品云々」は何の根拠のないただの俗説であると断言する。

最後になるが、余り無責任な憶測や俗説を面白がって立てない事だと声を大にして言いたい。

「好き!すき!!魔女先生」の主要連載誌

text by・ひだやんさん
魔女先生の主要連載誌は「たのしい幼稚園」「なかよし」「少女フレンド」「TVマガジン」と講談社から
発行されているものが殆どな中で唯一、他社から発行されている雑誌に紹介された事がある。
それは昭和46年10月の小学館発行、「幼稚園」の付録のテレビ人気者図鑑。
「好き!すき!!魔女先生」の紹介があり、「ひかるのやくをやる菊容子おねえさん」とキャプションが
ついている。

「好き!すき!!魔女先生」in秋田

視聴率=人気のバロメーターと言われてはいるものの、実のところ公表されている視聴率はごく一部の
都市部のものに過ぎず一概に人気を云々できるわけではない。
例えば「仮面ライダー」、都市部では視聴率は余り芳しくなくとも関西圏では高視聴率だったことから
今日の人気に繋がっている。
魔女先生の視聴率だが都市部での数字は定かではないが、1972年9月6日付の「秋田さきがけ」によると
視聴率は30%以上の人気番組だった(!)。
因みに放送は一年遅れだったが魔女先生が放送される前のABS秋田放送では「怪奇大作戦」が放送され、
魔女先生放送終了後は「シルバー仮面」が放送。

高野浩幸さんのお話より

第13話ではほんの一瞬のみのご出演、そして第24話では主要ゲストとしてご出演されていらっしゃった高野浩幸さんの
当時のお話より。

山川のぼるの幼い妹・ミツエ役を演じていらっしゃった小泉敦子さんの面倒をよく見ていた事をとても懐かしそうに
お話されていらっしゃった。
当時は敦子さんが余りに幼かった事もあり、アフレコだけは別の方が担当。
そして容子さんの思い出、「大変気のやさしい、それでいていつも気遣いをされ華のあるお姉さんでした。」とは
高野さんのコメント。
撮影にはいつもお一人でこられていたとか。
また、「超人バロム1」撮影の際、今はなき生田スタジオでお会いする事が何度かあり、懐かしそうにお話して下さった。
お話をして下さいました上に掲載を許可して下さいました高野浩幸さんには心より感謝致します。
本当に有難うございました。



*back*  *mail*